ブッシュ大統領は2002年初頭の一般教書演説において悪の枢軸発言を行い、イラク、イラン、朝鮮民主主義人民共和国は大量破壊兵器を保有するテロ国家であると名指しで非難した。特にイラクに対しては、長年要求し続けた軍縮の進展の遅さと、大量破壊兵器の拡散の危険を重視し、02年に入って政府関連施設などの査察を繰り返し要求した。
2002年11月8日、イラクに武装解除遵守の『最後の機会』を与えるとする国際連合安全保障理事会決議1441が全会一致で採択された。イラクは「悪の集団」による「邪悪な決議」と非難したが[12]、UNMOVICの受け入れを容認し、4年ぶりに全面査察に応じた。また、決議には30日以内に報告するという規定があったが、イラクは「邪悪な決議」であることを理由に期限の延長を申し出たが、受け入れられなかった。12月7日にイラクは膨大な量の申告書を提出した。
2003年1月9日、UNMOVICのハンス・ブリクス委員長とIAEAのモハメド・エルバラダイ事務局長は安全保障理事会に調査結果の中間報告を行った[13]。この中で、大量破壊兵器の決定的な証拠は発見されていないものの、昨年末に行われたイラク側の報告には「非常に多くの疑問点」があり、申告書には「矛盾」(#大量破壊兵器捜索を参照)があるとした。また、イラク側が国連ヘリコプターによる飛行禁止区域の査察を拒否するなど、査察非協力も明らかになった[14]1月16日には申告書に記載されていなかった化学兵器搭載可能なミサイル12基がUNMOVICによって発見された。このためアメリカとイギリスは、イラクが安保理決議1441に違反したものとして攻撃の準備を始めた。
2月14日から2月16日にかけてカトリック教徒でもあるイラクのターリク・ミハイル・アズィーズ副首相はバチカン、イタリアに渡りローマ教皇ヨハネ・パウロ2世と会談するなどして戦争回避姿勢を国際社会にアピールした。
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3月7日、UNMOVICは2度目の中間報告を行った。アメリカは査察が不十分であるとして、攻撃に関する決議採択を行おうとしたが、フランスは査察期限の延長を求めた。このため決議否決の可能性が高まり、アメリカとイギリスは決議無しでの攻撃に踏み切ることにした。
2003年3月17日、先制攻撃となる空爆を行った後、ブッシュ大統領はテレビ演説を行い、48時間以内にサッダーム・フセイン大統領とその家族がイラク国外に退去するよう命じ、全面攻撃の最後通牒を行った。しかし、フセイン大統領は徹底抗戦を主張して応えなかったため、2日後の3月19日(アメリカ東部標準時)に予告どおり、イギリスなどと共に『イラクの自由作戦』と命名した作戦に則って、攻撃を開始した。