統合運用とは軍種間で脅威認識や国防方針を一致させ、平時においては共同の作戦計画準備や訓練を行うことによって、統合化を行ったうえで運用する方式である。大日本帝国憲法第11条での陸海軍の並立の規定は、歴史的な陸海軍の政治対立もあって、この統合運用体制の確立を阻害する一因となった。
明治初期には兵部卿が陸海軍の軍令と軍政を一元的に統括していたが、1872年に軍隊の巨大化に伴って軍政機関が陸軍省と海軍省に分けられた。1878年には軍令機関の参謀本部が設置されて三元化する。1886年に陸海軍統合軍令機関である統合参謀本部が設置されることが決定したが、後に陸軍参謀本部と海軍参謀本部に再び軍令機関が二元化した[2]。1903年には海軍の軍令機関である軍令部が設置され、その後に陸海の軍令・軍政の統一的な統制を行う機関は1945年の敗戦まで整備されることはなかった[1]。この統合運用の体制の不備は陸海軍の国防思想の不整合、作戦行動における不和、時には陸海軍の内部対立までをも生み出し、旧日本軍の統合運用を決定的に困難なものにした。
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