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2009年09月 アーカイブ

2009年09月02日

稲作

稲作(いなさく)は、イネ(稲)を栽培することである。

主に主食のコメを得るため、北緯50°〜南緯35°の範囲にある世界各地域で稲作は行われている。現在では、米生産の約90%をアジアが占める。

稲の栽培には水田や畑が利用され、それぞれの環境や需要にあった稲品種を用いる。水田では水稲(すいとう)、畑地では陸稲(りくとう)・(おかぼ)とよばれる稲を使用されるが、生物学的な区別は特にない。
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収穫後のイネからは、米、米糠(ぬか)、籾殻(もみがら)、藁(わら)がとれる。

従来、稲作の起源は植物相の豊富な中国雲南省ではないかといわれてきたが、最近の考古学的調査により雲南省の稲作遺跡は4400年前以上に遡れないことが明らかになった。

ところが、中流域右岸にある江西省や湖南省で1万年以上前に遡る稲籾が続々と発見されており、古いものは1万2000年前に遡る[1]。これらは焼畑による陸稲栽培と考えられている。

2009年09月13日

時刻系

時刻系(じこくけい)とは時間が経過する歩度、もしくは時刻、またはその両方の基準である。例えば、常用時の基準は時間間隔とその日の時刻の両方を規定する。

歴史的には、時刻系は地球の自転周期に基づいていた。しかし地球が自転する速度は一定ではない。そこで地球自転に基づく基準は最初、地球の公転周期を用いた基準に置き換えられた。しかし地球の軌道は楕円であり、太陽に近い位置では地球の公転は速くなり公転速度も結局は一定ではない。比較的最近になると、時間間隔の基準は地球の自転や公転の速度に基づく過去の基準に代わって非常に正確で安定している原子時計に基づく基準に置き換えられている。
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国際的に認知されている時間間隔は秒である。秒は他の様々な時間尺度の基準として用いられている。他の時間間隔(分、時間、日、年)は通常、秒を用いて定義されている。
太陽時は太陽日、すなわちある日の正午から次の正午までの時間間隔に基づいている。1太陽日は平均すると約24時間である。しかし地球が太陽を公転する軌道は楕円であり、また太陽日には観測者の緯度に依存する変動があるために太陽時は平均太陽時に比べて最大約15分ずれる。他にも地軸のふらつきなど別の摂動があるが、これらの大きさは1年に1秒以内である。

2009年09月25日

ホメーロスと古典ギリシア

西欧における古代ギリシア、わけてもホメーロスの像は、いわゆる「トロイアの物語」のイメージで捉えられていた。これは紀元4ないし5世紀のラテン語の詩『トロイア戦争日誌』と『トロイア滅亡の歴史物語』を素材として、12世紀にブノワ・ド・サント=モールがフランス語で書いたロマンス風の『トロイア物語』から広がって行ったものである。この作品は更にラテン語で翻案され、全ヨーロッパ中に広まったとされる。叙事詩人ホメーロスがそのうちにあった本来の古代ギリシアと、この中世にあって「トロイア物語」を通じて流布したギリシアの像では、どのような違いがあったのだろうか。ここで言えるのは、両者が共に「歴史性」を負っていること、しかし前者は「詩的」であろうとする世界であり、後者はあくまで「史的」であろうとする世界である。往古のギリシアの世界には「神々の顕現」が当然含まれていたが、中世より近世にあって西欧が思い描いたギリシアの世界には、「神々の不在」があり脱神話化が行われている。

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しかしイタリアの人文主義者は、例えばホメーロスの『イーリアス』原典を15世紀半ばにラテン語に翻訳した。この翻訳を通じて、汎ヨーロッパ的にホメーロス及び古代ギリシアの把握像に変化が生じてきた。17世紀にはジョージ・チャップマンが『イーリアス』(1611年)と『オデュッセイア』(1614年)を英語に翻訳し、他方マダム・ダシエ(1654-1720)が『イーリアス』と『オデュッセイア』をフランス語に翻訳した。このように進行した事態は、古典ギリシアの再発見とも呼べることである。ルネサンスから啓蒙時代を通じ、西欧は更に理解の努力を行い、17世紀後半にはイギリスのミルトンは、『失楽園』(1677年)において、キリスト教的叙事詩を創作するまでとなる。

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